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褒めることと叱ること [チームビルディングジャパンのこと]

posoです。
ここのところ甚さんのコラムに目を通すようになってきました。それまでは、目を通していなかったのかよと突っ込まれそうですが。あながち間違ってないですが、それはさておき、コラムを受けて思うところを書いてみました。

誉めることも叱ることも、それによって相手をコントロールしようとしている間は、相手のためになっていないのではないでしょう。
というよりも、それは自分のために、(相手のため出なく)誉めている/叱っている自分に酔いしれたくてしているとも言えるかもしれない。

誉めるにしても叱るにしても主体は誉める側だし、叱る側にあり、その対象者は受け身でしかない。  叱られている時に叱っている人の意に反する考えを伝えるのは、火に油を注ぐようなものだと言うことを多くの子どもたちは知っている。だから黙って下を向く。 悪いことに、誉める/叱る側は相手のためしているという自負があるから主体が自分にあることに気づかない。こうして誉め叱る側/誉め叱られる側どちらにも主体としての意識がなくなる。まるで喉の乾いていない人を川につれていき水に頭を突っ込ませているようだ。

確かに、その人は喉が乾いていないことに気づいていないだけで、水を飲まないといけない危険な状態なのかもしれない。もしかしたら、水を与えなければ倒れてしまうかもしれない。だから水を与えるのは正しい。そうかもしれない。
しかしそれは応急処置でしかない。応急処置は急を要しなくなったら応急処置ではないし、拒否をされたら続けることは許されない。

本当に必要なのは、本人が喉が乾いていることを自覚して水を求められるようになること。本人が欲しい!とも言わないのに与え続けるのは与えてる人の自己満足と思う。大人が子供に、上司が部下に、上から下にという関係の中で、欲していなくても与えられればもちろん目の前では与えられた水を飲む。飲んでいるように見せる。でも、吸収しているかは別問題だ。求めていない水は吸収しない。

私自身、プログラムの中で子供たちを誉めたり叱ったりすることがある。時間の限られたプログラムだと結論を急ぐあまり無駄に誉めてみたり求める状態になっていないのに叱ってしまったりしてしまう。子供は大人をよく見ている。応急処置で乗りきろうとして散々な結果を何度も生み出してしまった。 (そのときの皆には本当に申し訳ない)

誉めたり/叱ったりするのが、それが自己満足で終わらず、本当の意味で相手のためにするためには、相手がそれを欲する状態かどうか確認すべきなのでしょう。そして欲していないのであれば、まずは欲する状態にする。(もちろん欲る状態になるのを待つというのも一つだがこちらからの働きかけをするならば。)それは言い方やタイミングかもしてないし、関係性かもしれない。
そしてどんなに欲している状態だったとしても誉めたり叱ったりするのは、応急処置でしかないことを心にとめておくようにしています。
特にキャンプリーダーを始めた頃はこれが出来ずに苦労しました。


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